事件の概要
 事件が発生したのは、1998年7月25日のことでした。この日、和歌山市郊外の園部という町で住民の方々が自主開催した夏祭りで、何者かによってカレーに猛毒のヒ素が混入され、60人以上の方がヒ素中毒に罹患し、うち4人の方が亡くなる大惨事となりました。

 これをうけ、事件後まもなくマスコミが園部に殺到し、競って犯人探し報道を展開し始めます。そのため、甚大な被害にただでさえ深く傷ついていた園部の方々の心は、さらに深く傷ついていきました。

 マスコミの犯人探し報道はしばらく続きましたが、事件から1か月後、事態が一変する出来事が起こります。それは、朝日新聞が同年8月25日付け朝刊で、事件発生前に現場近くの「民家」を訪ねていた男性が、ヒ素中毒に陥っていた事実があったかのような旨を報じたことでした。

 この民家こそ、林健治さんと眞須美さんご夫婦の家ですが、この日を境にマスコミは、朝から晩までご夫婦の家を取り囲みます。
 そして、ご夫婦のことを「疑惑の夫婦」と呼び、あたかもご夫婦がカレー事件以前に周囲の人たちに毒を盛るなどして保険金詐欺を繰り返していたかのような疑惑を連日、洪水のように報じていったのです。

 こうして、ご夫婦に対する世間の心証が真っ黒に染まっていく中、次第にご夫婦のうち、眞須美さんこそがカレー事件の犯人だとほのめかす報道が増えていきます。その根拠として当時、盛んに報じられていたのが、健治さんご自身もカレー事件以前、ヒ素中毒らしき症状で何度も入退院していたことなどです。
 
やがて、マスコミは眞須美さんのことを「平成の毒婦」とまで呼ぶように。連日繰り返された膨大な犯人視報道によって、眞須美さんがカレー事件の犯人であることに間違いはないと、世間の多くの人は思い込んでしまいました。

 眞須美さんが健治さんや周囲の人たちに毒を盛り、保険金詐欺を繰り返していたとされる疑惑がもしも仮に事実であったとしても、それは、カレー事件とはあくまで「別の話」です。しかし、クロ一色で埋め尽くされた当時の報道の中では、世間の誰もがそんな当たり前のことすら見過ごしてしまったのでした。

 犯人視報道が洪水のように垂れ流されたのち、事件発生から約二ヶ月になる同年10月4日、眞須美さんはとうとう、保険金詐欺などの容疑で別件逮捕されてしまいます。

 その後、取り調べで黙秘を貫いた眞須美さんですが、さらに二度も別件の容疑で再逮捕された末、12月9日、カレー事件に関する殺人の容疑でも逮捕されてしまいます。そして、12月29日にカレー事件で起訴されたのです.。

 これは、直接証拠は何もなく、動機すら特定されないままでの起訴でした。しかし、膨大な犯人視報道の影響によって、世間ではこの時、あたかもカレー事件は解決したかのようなムードが漂ったのでした。

 その後、裁判が始まってからも眞須美さんは、健治さんとの共犯とされた保険金詐欺については潔く罪を認める一方で、カレー事件はもちろん、カレー事件以前の殺人未遂事件についても、一貫して否認を貫きました。

 しかし、一審の和歌山地裁では、黙秘したままに2002年12月11日に死刑判決を言い渡されました。さらに、二審の大阪高裁では、黙秘を撤回して自分の言葉で無実を訴えましたが、2005年6月28日に控訴棄却されてしまいます。

 そして、最後の望みをかけて望んだ最高裁でも、2009年4月21日に上告棄却されたのち、弁護人の判決訂正申立も同5月18日に棄却され、死刑判決が確定してしまったのです。

 しかし、マスコミではほとんど報じられていませんが、動機も未解明のままに死刑が確定した林眞須美さんの裁判では、カレー事件についても、カレー事件以前の殺人未遂事件についても、眞須美さんが犯人だと認めるには不合理な事実や、むしろ眞須美さんの犯人性を否定するような事実が数多く明らかになっています。

 なお、今も無実を訴え続ける眞須美さんと弁護団は、眞須美さんの48回目の誕生日となる2009年7月22日、判決確定からわずか約2ヶ月で和歌山地裁に再審請求しています。

 その結果はまだ出ていませんが、弁護団は第二、第三の無実の新証拠を裁判所に提出すべく、今も精力的な弁護活動を続けているところです。

▲事件現場となった夏祭り会場の空き地(2006年11月撮影)。







▲林家は事件後、放火されて全焼。今は自治会所有の公園に(2009年7月撮影)











▲眞須美さんの無実を見抜けなかった日本の裁判所。上から和歌山地裁、大阪高裁、最高裁。












▲和歌山地裁に再審請求したのちに和歌山弁護士会館で会見する鈴木邦男代表、安田好弘弁護士、林健治さん(左から)。

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